TBS佐古監督や砂田麻美監督ら映画監督も登壇。友人黒岩亜純くんの映像制作にかける想いを聴きました
す1月15日は、大学のサークルの友人で、TBSでNews23や夢の扉プラスなどで報道にずっと関わって来ている黒岩亜純(くろいわあずみ)くんが、「制作者が語る映像制作の現場」というテーマで慶應大学の三田キャンパスにて講演しました。
慶應義塾大学法学部政治学科大石ゼミ(マスコミュニケーション論)主催のイベントでしたが、現役大学生はもちろん、亜純くんの仕事仲間や大学時代の友人も大勢参加していました。
黒岩亜純くんと宮徹さんの共著の本、
「大学生のための動画制作入門」言いたいことを映像で表現する技術
https://www.amazon.co.jp/dp/476642428X/luckyhappy25-22
に、慶応義塾大学法学部政治学科の大石ゼミの4年生が協力していた関係で、今回のイベントが大石ゼミ主催で開催されることになったそうです。
第1部は、
「大学生のための動画制作入門」。この本の共著者である宮徹さんと亜純くんが、本を作る経緯からお話しされました。
宮徹さんのオフィシャルサイトでは、「プロに学ぶ動画編集入門」という形で、かなり詳しめにシェアされています。
http://www.miyatohru.com/doga/index.html
こういったテキストは、当然ながら最初はなかった。
プロでない人のための動画制作手順書はどうやってつくられたのか
宮さんと亜純くんがそれぞれに学生たちと行った活動で、映像にかかわってきて、そこでやってきたことを二人で話してテキスト化していき、それが本の出版にもつながったとのこと。
黒岩亜純くんがニュース23のディレクターだった時、就職活動でOB訪問してきた大学のゼミの後輩と話していて「これからはTBSに入らなくても、だれでもドキュメンタリーはつくれるよ」といったことがきっかけで、「ドキュメンタリー制作会アズ」を立ち上げた。このときOB訪問してきた学生は、テレビ朝日に入社した報道ステーションの千々岩デスク。
この日も会場に駆けつけて参加されていました。
当初30人ほどの学生が集まり、ドキュメンタリー映像をみながら撮影の仕方を学びつつ、課題をこなして実践する。合宿も行ったそうです。
これに対し、宮さんは、NPO活動の一環としてアニメを含む映像制作産業と深く関わり、その制作工程を客観的に捉えてテキスト化する取り組みを進めてきた。もともと出版社で雑誌の企画・取材・編集をされていたのを活かせるので、映像の部分を頑張ればなんとかなると思っていた。
が何か違うと感じた。宮さんのやり方だと文章をそのまま映像にするだけになってしまい、なんだか説明っぽい。テレビのドキュメンタリーやニュースの映像を作るコツがあるはずだと思い、亜純くんのもとを訪ねたそうです。筑紫哲也さんのNew23の時に10年ほど毎週宮さんと亜純君で話をしてきたそうです。
千々岩デスクも、文章は書けるが映像をどう撮ればいいのか、通常は教わっていないので難しいという話にふれられていました。
亜純くんはTBS入社2年目にカメラマンをやりたいと言ってニュース23へ。
阪神大震災の時で、自宅が崩壊したご夫婦に取材したとき、大型カメラで取材することはとても気が引けたので、小型カメラを持って取材をしたそうです。
アマでも簡単にできる映像の撮り方のポイント
亜純くんから、一般の人でもできる映像の撮り方について、いくつかアドバイスがありました。
スマホで動画を撮るときは、スマホを横にして撮影する。縦にして撮ると、真ん中しか映らなくなってしまうので。
前で起こっていることを撮影しながら、インタビューも一緒に行う場合には、インタビュー対象者の隣に行けば、撮影しながらインタビューの音声も録音できる。
室内ではあらかじめカーテンを閉めてから撮影する。
小型カメラでも十分やれると実感したのが、アズ設立にもつながったそうです。
一般の人に裾野が広がると、テレビにも刺激になる。何か気になるものを見かけたら、スマホで撮影してみることを亜純くんは勧めていました。
ドキュメンタリー制作会アズ出身の監督たち
アズ出身の監督として、今回は砂田麻美監督と遠藤協監督が登壇されました。
もともと砂田麻美監督
http://www.bunbukubun.com/profile.html
のお父様の闘病については、ニュース23でも取材をしていたが、結局ニュース23では放送されなかった。
エンディングノート
https://www.amazon.co.jp/dp/B00799XON0/luckyhappy25-22
では、この時の映像をたくさん利用して制作したそうです。
ご両親は不仲だったそうですが、死期が迫ったころ、お父様がお母様とだけ話がしたいといって、子供たち(麻美監督と兄・姉)に病室から出ていくように促したそうです。その時に麻美監督はカメラを置いて病室を出た。
病室に置いてきたカメラに、父親が妻に対して初めて「愛している」と言っているのがとらえられていて、これは映画の中でもキーとなるシーンとして使われました。
砂田麻美監督は、大学2年の時にアズに参加。小学生の時から映像の仕事をしたいと思っていたんだそうです。
砂田麻美監督は、現在の是枝監督の分福に所属する前にも、著名な監督の下で仕事をしたり、ジブリの映画も作っている。なぜそれができたのか。
最初に河瀬直美監督のところに所属したが、出待ちしてタイミングをみて、河瀬直美監督にお話ししたのがきっかけ。岩井俊二さんにはシナリオを送った後、一緒に仕事をした。現在の所属先である是枝監督には手紙を書いたのだという。
麻美監督の想いの強さが道を開いてきたんだな、と感じました。
是枝監督とは、福山雅治さん主演で話題となり、賞も取った「そして父になる」https://movies.yahoo.co.jp/movie/そして父になる/345678/
の制作でもご一緒しているそうです。
麻美監督は、なかなか撮影の許可の出ないスタジオジブリでも撮影をし、「夢と狂気の王国」https://movies.yahoo.co.jp/movie/夢と狂気の王国/346436/
という映画を監督として発表しています。
スタジオジブリの宮崎駿監督、鈴木 プロデューサーの前で何回もプレゼンし、「映画にしたい」と言ったところ、「映画にしたいと言ったのはあなたが初めてだ」ということで、スタジオジブリから依頼を受けて、「夢と狂気の王国」を作ったのです。
麻美監督、まさに熱意と想いの人ですね。
アズ出身の映画監督、遠藤協さんの2月公開の映画
廻り神楽
https://www.mawarikagura.com/
の紹介もご本人からありました。現在公開中です。
キャスター時代からものづくりがしてみたかった!!
第2部は、筑紫哲也さんのニュース23の時に、キャスターとして亜純くんと仕事をともにしていた佐古忠彦さんが登場。
筑紫哲也さんは「あれをやれ、これをやれ」と言わない人で、みんながそれぞれのテーマを選んでいったそうです。
もともと佐古さんは後楽園球場での巨人の日本一を見たいと思い、スポーツアナウンサーを募集していたTBSに入社しました。入社後、ニュースに興味を持ち、6年後にスポーツからニュースに移りました。
アナウンサーは報道局の人から「ニュースを読む人」とみられてしまう面があり、そういう価値観を打ち破りたいという気持ちがドキュメンタリーを撮るということにつながっていったとのこと。キャスターを卒業して報道局所属の記者になってから、ようやく報道局の方たちから認めてもらえた。キャスターは「ニュースを読む人」でものづくりに携わっていないという、知らず知らずのうちに報道局の中にあった価値観を変えたい。そういう気持ちから、佐古さんはものを作りたいという思いがずっとあり、それが昨年公開された映画製作につながりました。
映画の名は、
「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー」
http://www.kamejiro.ayapro.ne.jp/
インタビューの際のこころがけ
佐古さんがここでインタビューのコツを披露してくださいました。
インタビューで自分がしゃべってしまうのはダメ。
相手の言葉を引き出すためにいかに自分はしゃべらないかがインタビューのコツ。
人間は沈黙に耐えられないので、どこかで喋り出す。自然に話せる場を作る努力をする。
立ったままではなく、座る。
マイクはなるべく使わない。
「お話ししましょう」という感じで始める。
政治家の場合は、テレビ用の収録が終わり、「ありがとうございました」と言った後に話してくれることがよくあるそうです。(収録終了後なので、残念ながらその部分は放送はできないそうですが)
映画の時のインタビュー秘話
カメジロー(瀬長亀次郎さん)が逮捕された時に護送していた警察の人から話を聴きたくて、佐古さんがインタビューした時のこと。なかなか話が広がらないなか、諦めずにいろんな角度で話を聴くことにつとめた。しばらくして別の場所で行われる集会に元警察官の方が行くというので、その場所に一緒に移動した。場所が変わり、集会の場所の雰囲気に馴染んだのか、急に話し出してくれたんだそうです。
逮捕の時の話はこちらで詳しく見ることができます。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52665
公共財としての映像
映像制作の話が一段落したところで、宮さんが放送の世界でも放映されたものについてのナショナルライブラリーがあってもいいのではないかというお話をされました。
活字の場合は、ルールに従えば、許諾を取らなくても引用可能。
映像についても活字と同じような形で引用できないかという「映像の公共財」のお話にふれられました。これが実現するとこれから映像を作る人が恩恵を受けられる。
実際亜純くんは、独立して映像プロダクションを作ろうと思ったことがあったそうですが、そうするとTBSに所蔵されている過去の映像資料が使えないことに気づいて、プロダクションを作るのは立ち消えになったんだそうです。
まとめ
テレビにしても、映画にしても、その制作というと自分には全く縁のないことだと思っていました。
が、画像や写真はスマホですぐに撮ることができる。そして人の話も聴くことができる。
その気になれば、小さなドキュメンタリーなら撮れるようになるのかもしれないと思いました。
取材するときに取材対象者の方がお話しやすい状況で話を引き出していくということを、亜純くんも佐古さんも自然にされていることから、テレビや映画のための取材だから特別だということはないんだな、自分たちと同じ人についてフォーカスして、それを映像やドキュメンタリーという形で表現しているだけ。人にフォーカスして、それを自分のできる表現手段で伝えることは誰でもやっていること。なので、少しやり方を教われば、一般の人でもドキュメンタリーをつくることができる、という亜純君の話につながるのかもしれないな、と思いました。
カメラを持ち歩くのは大変だけど、スマホは毎日持ち歩きますしね。
やり方はまずは宮さんのホームページの「プロに学ぶ動画編集入門」で学ぶのがよさそうですね。http://www.miyatohru.com/doga/index.html
講演会終了後、懇親会もなごやかに進められました。テレビでしか拝見したことがなかった佐古さんともいろいろお話できたり、「想いの人」麻美監督ともお話できました。
モスクワに出張に行かれる方、現在モスクワに赴任中の亜純くんによると、「モスクワ赴任にセーターはいらない。建物の中が暖房がきいているので、上はTシャツでよい。外に出るときは分厚いコートを着る」ので室内はTシャツで大丈夫なんだそうです。
内容が濃密で、すぐに文章にまとめられないまま、2月になってしまいました。
なかなか自分では勉強する機会がない分野であるものの、どういう想いで報道に亜純くんや佐古さんがかかわってきていたのか、垣間見ることができ、普通の人には難しく思えてしまう映像制作がちょっと身近に感じられたのが収穫でした。