東逗子駅から神武寺を散歩して吟行し、秋深まる逗子の自然を俳句に詠みました。

11月5日日曜日は、大学の友人である河本 ここの さんと野崎葛西 敬子 さん(野崎海芋先生)主催の ゆるハイクという、楽しみながら俳句をつくる会に参加させていただきました。
http://vision9uest.com/20171105_yuruhaiku/

目次

神武寺散歩

ここのところ週末は雨や台風続きでしたが、この3連休はいいお天気に恵まれ、今日も秋晴れの下、東逗子駅から徒歩で神武寺周辺を散策しながら、俳句の素材となるものを見聞きしたり、メモにとったり、写真におさめたりしました。
鎌倉も地理的に近いためか、神武寺は源頼朝や北条政子ともゆかりの深いお寺です。

 

私は、
お寺の御堂の上を飛ぶトンビ、
林で見た雉鳩、
たくさんのどんぐり、
コオロギの声、
などが印象に残りました。

 

 

 

そして句会へ

散策(正確には吟行という)の後、河本ここのさんのシェアハウス#910(ここのつ島)に移動。そこで、俳句を3つつくり、その後他の方の句で良かったものを3つ選び、それを披露。その後それぞれの句につき、俳句の師匠である野崎海芋先生からの講評、という流れ。
自分で一所懸命につくったものでも、気づいていなかった点や改良点なども含めて、アドバイスをうけられ、とても勉強になります

この句会では、美味しいおやつも恒例です。この日は紅茶にマーロウのプリン、(なんとこのマーロウのプリン、逗子市のふるさと納税の返礼品でもあるそうです。逗子市にふるさと納税しようかな・・・
http://www.marlowe1984.com/shop/item_list?category_id=354623

そして和田野 学 くんから赤坂青野のどらやきの差し入れもありました。
http://akasaka-aono.com/sp/

さて本題の俳句は?

1.(元の句)
秋晴れや御堂の上にとんび舞い

下の句を「とんび飛ぶ」にすると普通すぎるかな、と思い、「とんび舞う」にしたことについて、こちらの句、句会の時のアドバイスで、「とんびは飛ぶのであり、舞ったりしない。舞うのは人間だけ」ということ。
初心者が擬人法を使うのは、難易度が高いそうです。ちなみに雪は降るのであり、やはり舞うのではないそうです。「舞うのは人だけ」とのことだったので、修正して次のように変えました。

(修正1)
秋晴れや御堂の上にとんび飛ぶ

海芋先生からのアドバイス:
「舞う」よりは飛ぶの方が正確。でも、「御堂」との位置関係がもう少し見えてくる動詞を探したい気もしますね。横切ったのか、降りてきたのか、上空を旋回しているのか。
「とんび」も「鳶」と言った方が正確でしょう。

(完成句)
秋晴や鳶降りきたる御堂の上
(あきばれやとびおりきたるみどうのえ)

海芋先生からのアドバイス:
この句の主役なので、「鳶」から先に言いましょう。
語順としても、秋晴れの空→飛んでいるとんび→お寺の屋根
とした方が、視線の流れが自然になりますね。
秋晴は俳句では送り仮名不要。

鳶を主語にして、順番を変えることで、こんなにもステキな句に変わるとは!
海芋先生の手腕、さすがです。

2.(元の句)
どんぐりにうめ尽くされし山の道

(修正1)
山道にあふれ広がるどんぐりぞ

海芋先生からのアドバイス:
まだ一句にまとまりきってないですね。山道をうずめているほどのどんぐり、だけではもうひとつ、材料不足なのかな。
踏んで歩くところまで言いたいですね。

(修正2)
どんぐりを踏み分け登る山の道

海芋先生からのアドバイス:
ちょっと良くなりました。語順、場所から言いたいですね。
大→小が、通常分かりやすい語順です。

(完成句)
参道を登るどんぐり踏み分けて

海芋先生からのコメント:
山の道だとちょっと漠然としているので、「参道」としてみました。

私には、大→小の発想が全くなかったのですが、なるほど、この語順のほうがずっと頭に入っている感じですね!

3.(元の句)
山降りて耳をすませば虫の声

句会の時の「順番に全部説明しなくても良い」とのアドバイスで、次のように修正。

(完成句)
神武寺の山降りくれば虫の声

海芋先生からのコメント:「良くなりましたね!!
神武寺の山、とシンプルに言ったのが、ここでは効いています。ただの山道ではなくて、山寺に詣でてきたのだというニュアンスが、小さな生き物の声に心をとめる作者の心情というところまで描写できています。」

「神武寺の山」というだけで、これだけのことが表現できる。短い言葉にどこまで自分の伝えたい思いをこめられるかが大切なんだということを学びました。

あと、日曜日には詠んでいないのですが、日曜日にみた風景をもとに、もう1句。

4.(元の句)
ぽつぽつと残る熟柿ぞ寂しけり

海芋先生からのアドバイス:
「ひとつの熟柿でなく、熟柿がまばらに残っている木を見ているわけですね。
形容詞「寂し」に助詞「けり」は付かないので、形を直しましょう。

(完成句)
寂しさよ枝に熟柿のぽつぽつと

海芋先生からのアドバイス:「寂しさ」を先に出して切る。そうすると、ここで言う「寂しさ」は熟柿と切り離されて、晩秋の情趣や、作者や読み手の感慨を指すものとして、独立します。
熟柿ははっきり見えるように「枝」と場所を示しましょう。「ぽつぽつと」が寂しさとちょっとかわいらしさがあって、熟柿の描写になっていますね。良いことばを見つけられました。

こちらは、この日最初に撮った写真で、とても印象に残っていたので詠んで見ることにしました。木についたままの柿がほんの少しだけ木にあって、寂しそうだった。
「寂しさ」を先に置くことで、柿の話にとどまらず、冬の訪れが近いことも詠めるのですね!
本当に勉強になります。

実は追加でもう1句つくってみて、海芋先生にもみていただきました。が、俳句に詠めるだけの材料がうまくそろわず、今回は捨てることになりました。
海芋先生のお言葉です。
「いくつか句材を拾って詠んでみて、その上で自分で納得の行くものと、捨てるものを選ぶ。捨てるということも、俳句に欠かせない作業です。」

これまでは俳句の形にすらできず、「捨てる」材料すらなかったと思います。「捨て」て、吟味に吟味を重ねた上で詠む。それが俳句なんだな、と3度目のゆるハイク参加でようやく俳句を詠む姿勢にも気をつけようという気持ちになりました。

まとめ

神武寺までの林の中の散策、俳句づくりとそのコツの伝授、美味しいものをすべて味わうことができる、とても充実したイベントでした。
昨年の秋に始まり、今回で4回目。初回は私は参加できませんでしたが、毎回学びがあります。わからなくてもいろいろと教えてもらえることもあり、毎回ほんの少しずつ進歩しているのかはわかりませんが、続けるうちにきちんとした俳句を詠めるようになりたいな、と思っています。

次回は暖かくなった頃にあるようです。
それまでに歳時記で季語を学ぶだけでなく、何かを見聞きしたときに感じたことがあれば、それを言葉にする習慣をつけて、俳句を詠む時の苦労を少しだけでも軽減できたらな、と思います。
俳句は五七五の短い文字数の中に、季語を入れるほか、自分の見たもの・聞いたもの・感じたものを表現する。短い文字数の中にすべての想いを凝縮させるのは思ったよりもずっと難しいのです。
俳句を詠む専門的な団体にはいって続けるのはハードルが高いですが、今回のイベントのように年に数回、楽しみながら俳句に触れられる機会があるのは貴重なので、今後もこの形でぜひ継続できたらいいなと思います。

ここのさん、海芋先生、ご参加の皆様、おかげさまで吟行も句会も楽しかったです。ありがとうございました。次回も楽しみにしています。

*大事なことを忘れていました!
「浮上」は、野崎海芋先生が最近出版された句集です。カバーもすてきな色とデザインですね。俳句にご興味ある方、是非ご一読ください。
「浮上」
https://www.amazon.co.jp/dp/4781410030/luckyhappy25-22